置き薬の青年

12時頃になった1本の電話。
昼食の用意が整い、後は味噌汁を炊くだけだと具を刻んでいた時の事だ。

「今から薬の点検に伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
置き薬の訪問担当のAさんが、電話の向こうから尋ねてきた。

「ちょっと今、忙しいので・・・」と言いたくなる所だが、
先日も訪問の電話を「出かける所ですので。」と断っている。

面倒だなぁと思いながらも、10分程の事だしと気を取り直し、
「今すぐに来てくださるのですね。 だったら・・」と、
恩着せがましい態度で答えていた。

薬は3ヶ月毎の点検である。
数を調べ、使った分だけ代金を払うシステムだが、この前来た所なのにもう3ヶ月たったの?と思う事が度々ある。薬の点検・補充に大した時間はかからないが、家に入れてやりとりをするのが億劫に思ってしまう。
置き薬は私の結婚前から姑が置いているものなので、勝手に止める訳にはいかない。

彼は、「今からすぐ伺います。」の約束通り、3分程でやって来た。
「多分使ってないと思うのですが。」と答え、薬箱を渡す。
子どもたちが独立して家族が減ると、薬の使用も減ってきた。
いざと言う時は病院へ行くし、市販の薬を買う事も多い。

「目薬を使ってますね。」
両親が使ったようなので、代金を払おうと財布を取りに行った。

戻ってみると、彼は一生懸命に薬箱をダスキンの布で拭いていた。
薬箱は台所の食器棚の上に置いているので、油とほこりで薄汚れていた。大掃除の時に気がつかず、汚れたままだったのだ。

「私がするからいいですよ。手が汚れるから。」と言うと、
彼は「これが僕の仕事ですから。」「油と油でよく落ちますから。」と、一生懸命に薬箱を拭いている。
何度か担当者が変わるが、薬箱を拭いてくれた青年は初めてだった。

彼の懸命に働く姿を見て、申し訳なく自分を恥じた。
彼だって仕事なのだ。
寒い中を訪問して働き「忙しい時にすみません。」と、何度も繰り返している。訪問をして、辛い事もあるだろう。 
まだ20代の青年に、「頑張って」と思う気持ちになっていた。




ゆったりと過ごしていると、働いていた時の大変さを忘れてしまう。
彼の真摯に働く姿を見て、現役時代の苦労を思い出していた。

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